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2010.01.17

阪神淡路大震災から15年

『阪神淡路大震災』から15年経つんですね。

私は、結構、地震に敏感で
地震が来る前ってわかるんです。

この時も地震が来る前に目が覚めて
「地震が来る…」ってわかりました。

今まで経験したことのない揺れでした。

大きな被害はありませんでしたが

高い花瓶等が割れてしまいました。
こういう時って、安ものは、丈夫なんですよね。


なぜかこの時は、愛社精神があったのか
「早く会社に行かないと…」って思い、
いつもより早めに家を出ました。

私が電車を降りた後は、何度か電車が止まったりしてたようです。

この時、父親が奈良に単身赴任していたので、
家に電話して、母親に「お父さんに連絡した?」っていう確認をしました。
連絡が取れたのは、夕方でした。
電話回線がすぐに不通になってしまいましたから…


会社に行くとちょっとした被害がありました。

対策本部が設置され、TV等で被害状況を確認していました。

最初は、何が起こっているかがわかりませんでしたね。

神戸方面から通勤している人もいるので
救援物資を運んだりしてました。

車じゃダメなのでバイク通勤をしている人にお願いしたりしました。


神戸の東灘区に親戚がいました。
電気や水道等が止まっているため、
生活が出来ないから、しばらく我が家で生活をしていました。

休みの日は、
救援物資として、
近くのパン屋に食パンを買いに行ったら品切れでした。
叔母と一緒に伯父が働いている会社に救援物資を運んだりもしました。

会社の上司は、被災地に毎週のように炊き出しに行ってました。

休みの日に伯父と叔母の住んでいる東灘区に家の様子を一緒に見に行きました。

電車が止まっていたため
西宮北口から東灘区住吉まで20kg近く歩いて行きました。

線路の上を歩いたり…
いろんなところでビルや家等が倒壊していて…
戦後ってこんな感じだったのかな~って
重いリュックを背負って歩いたし…

私たちのような人たちはたくさんいました。


伯父と叔母は、丈夫なマンションに住んでいたので、倒壊は免れてました。

周りの一軒家は、すべて倒壊してました。
土壁の家は、弱いな~って思いました。

この時、デジカメってなかったから、この時の状況を写真で収めることができませんでした。

今だったら、きっと撮ってるだろうな~って…


行ったことは、覚えてるけど、どうやって帰ったか、覚えてない…

帰りも歩いて帰ったと思うんだけど…


しばらく、お風呂にゆっくり入ることができませんでしたね。
怖くて…


6今、一緒に働いている同僚は、
以前、トラックの運転手をしていて、
ちょうどあの時間帯に阪神高速を走っていて、
折れた所で止まっているバスを追い越したそうです。

もう少し、遅かったら…


あれから15年…
2度と体験したくないことですね。
でも、私の場合は、ほとんど被害がなかったのですが…
体験した人にとっては、一生忘れることが出来ないと思います。
私も忘れることが出来ないし、忘れてはいけないような気がします。


今では、地震の跡形もないくらい
神戸も復興してて…

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중얼댐(つぶやき)」カテゴリの記事

コメント

こんばんはぁ。
私にとっても、決して、忘れることのない日です。
ほんと、15年早いですね。
実はその10日前に結婚式を挙げました、私。
そのとき、カメラマンをしてくれた男の子が、
犠牲になり、写真が、その後届き、
言葉もなかったことを忘れることはないでしょう。
決して、忘れてはならない出来事ですね。
毎年、この日になると、色々考えて
今ある命の大切さをかみしめます。

投稿: ゆっこ | 2010.01.19 22:15

ゆっこさま

こんばんはnight
そういう残念なことがあったんですねweep
15年も経つと忘れちゃうってこともあるよね。
でも忘れないようにしないとね。

投稿: mallow | 2010.01.24 19:31

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